焦点:中国でIT人材の争奪戦、給与水準シリコンバレーに迫る

[北京 25日 ロイター] – 中国で人材獲得競争が激しさを増している。サイバーセキュリティー強化やオンラインコンテンツの検閲、そして人工知能(AI)でこの国を世界一にするため、何万人もの雇用が急がれている。

中国政府がテクノロジー分野における急速な発展を目指す中で、新興企業と成熟企業の双方に、資金が流れ込んでいるためだ。

「企業には潤沢な資金があり、人材獲得競争が激化している」と語るのは中国インターネット検索大手の百度(バイドゥ)<BIDU.O>の元最高経営責任者(CEO)で現在はAIに特化したファンドを運営するThomas Liang氏だ。

同氏によると、AIのようにホットな分野の新興企業が、名の通ったテクノロジー企業から社員を引き抜くには、1.5倍から2倍の給料を提示しなければならない場合も多いという。

両社合わせて1兆ドル(約109兆円)超の時価総額を誇る電子商取引大手アリババ<BABA.N>とネットサービス大手の騰訊控股(テンセント)<0700.HK>を筆頭に、中国企業がテクノロジー業界の世界舞台に躍り出たことで、雇用ブームや賃金上昇を引き起こしている。

トップクラスの人材の給料はシリコンバレーの水準に近づきつつある。

こうしたことは、高賃金の雇用を創出し、バリューチェーンの上流を目指そうとしている中国政府を喜ばすだろう。だがその一方で、テクノロジー分野以外の賃金が伸び悩み、また、同分野の求人や所得拡大が北京や深センなどの大都市に集中する傾向があるため、中国での所得格差を拡大する恐れもある。

テクノロジーが中国の成長を担う主なけん引役であることは間違いない。国家統計局のデータによると、中国の情報テクノロジー(IT)・ソフトウエア分野の第4・四半期生産は前年同期比で33.8%増加した。第3・四半期は29%の増加だった。

テクノロジー分野の求人サイト「100offer.com」によると、中国のAI関連企業で働くトップ卒業生の年収は30万─60万元(約520万─1000万円)。一方、3─5年の経験を持つチームリーダーの場合は、年収150万元(約2600万円)を超えることもある。こうした職の多くは、北京または深センにある。

この業界の給与水準は2014年以降、ほぼ倍増した、と前出のLiang氏は指摘する。

一方、米シリコンバレーを擁するサンフランシスコでは、求人サイト「Indeed.com」によると、AIリサーチャーの年収は平均11万2659ドル(約1200万円)、機械学習のエンジニアのそれは15万0815ドル(約1600万円)となっている。

米国に留学し同国で働いているが、トランプ大統領の移民政策により査証(ビザ)を維持できるか不安に思っている中国人ソフトウエア開発者にとって、帰国は魅力的な選択肢となりつつある。

中国のテクノロジー企業は、米国に留学している中国人学生の採用を積極的に行っており、多くはトップの人材を勧誘するためシリコンバレーにオフィスを構えている。

AIブームは、中国で一部のエンジニアを新たな技術習得に向かわせている。

「AI分野に転職したことで給料が倍になった」と語るのは、北京のAIエンジニア、Songさん(26)だ。AI訓練コースを自ら受講後、年収は約5万5000ドル(約600万円)になったという。

また、中国のニュース収集アプリ「今日頭条」を制作する「北京字節跳動」でAIエンジニアとして働く26歳のジョージさんは年収約6万ドルだが、ほかに良いところがあれば転職するかもしれないと話す。

資金流入も続いている。

調査会社プレキンによれば、大中華圏へのベンチャーキャピタル投資は昨年、前年比35%増の650億ドル超に上り、史上最高を記録。北米の770億ドルに次ぐ規模となった。

中国の習近平国家主席は昨年の共産党大会で、伝統的な経済とインターネット、ビッグデータ、AIとの統合を推進すると語った。

これは、ITやロボット工学、エコカーといった分野に特に重点を置くことで、中国経済をバリューチェーンの上流に押し上げることを狙う政策の一環だ。

中国政府はまた、国家規模で人を追跡するため、顔認証などのテクノロジーの使用を積極的に後押ししている。これは治安向上と犯罪減少に寄与すると当局が強調する一方、人権擁護団体は、監視大国による政策の一部であり、活動家や反体制派に対して用いられると主張する。

最も急成長しているテクノロジー企業の中に、北京に拠点を置くAI新興企業のクラウドマインズがある。同社は今年、現在400人いる社員数を40%近く拡大する予定だと、人事部長のアリーナ・リー氏はロイターに語った。

アリババが西北地区の本部を陝西省西安に設置するなど、テクノロジーブームは内陸部の都市にも広がっている。また、アップル<AAPL.O>やクアルコム<QCOM.O>といった米テクノロジー企業は南西部の貴州省に重点的に投資している。

<賃金上昇>

テクノロジー分野における雇用と賃金上昇の影響は、中国の経済全体にも現れ始めている。

数年間停滞していた同国の可処分所得の伸びが、昨年は7.3%に加速したことが、先週発表された公式データで明らかとなった。

だがさらに大きな伸びを記録したのは、北京や深セン、上海や杭州といった急成長するテクノロジー分野の拠点都市で、米サンフランシスコ同様、平均給与との格差拡大という傾向を映し出していた。

中国の労働市場が全て順風満帆というわけではない。

高給なテクノロジー分野の職は、労働人口全体のほんのわずかを占めるにすぎず、製造業とサービス業の両方において雇用が減少していることが公式調査によって明らかとなっている。

テクノロジー業界の高い給料は、中国の標準的な所得レベルをはるかに上回っている。国家統計局によると、同国では、昨年の1人当たりの平均的な可処分所得はわずか2万5974元(約45万円)だった。

「2018年には、中国で820万人の新卒者が生まれることを忘れてはならない。彼らは職を必要としている。したがって、十分な職を生みだす圧力は、まだ存在すると思う」と、HSBC(香港)の大中華圏担当チーフエコノミスト、Qu Hongbin氏は語った。

 
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